5月31日が「世界禁煙デー」、そして5月31日から6月6日の1週間が「禁煙週間」ということで、
今回はタバコが体に及ぼす影響などについて、新潟大学医学部 保健学科の 関 奈緒 教授にお話しをうかがいます。
―私はタバコを吸わないのですが、喫煙が体に様々な影響を及ぼすということについてよく聞きますし、
またこの番組でも何度も取り上げてきましたが、改めて医師の立場から喫煙の影響を教えてください。
タバコが関係する病気はたくさんありまして、一番有名なのは、がんだと思いますが、これ以外にも心臓病や脳卒中するなども関係ありますし、口の中だと歯周病なども関係があるといわれています。
―様々な病気の原因にあったり、関係があったりするのですね。
またタバコには「発がん性物質」が含まれているというのもをよく聞きますけれども、そもそも発がん性物質というのはどんなものなのでしょうか。
タバコには70種類以上の発がん物質が含まれているといわれています。
発がん物質といいましても、いろいろな種類や働き方があります。特に大きく分けると2つありまして、イニシエーターとプロモーターという働きがあります。イニシエーターというのは、細胞の中の遺伝子(DNA)を傷つけてしまう働きがあります。つまり、がんの種を作ってしまうという働きなのです。
それに対して、プロモーターというのは傷がついてしまった遺伝子を持つ細胞に働いて「がん化」を進めてしまうという働きがあります。それから増殖をどんどん進めてがんにしてしまうという働きがあるのです。
タバコにはこの両方が複数含まれているので、言うならば、種をまて、水をやって肥料もどんどん上げてしまっているという状況ですね。非常に、効率がいい発がん物質をたくさん含んでいると考えていただければと思います。
―一方で、タバコを吸っていても、がんにならずに長生きをしている方もいるかと思いますが、
それはどういうことなのでしょうか?
人間の体というのは、がんに対する抵抗力を実は持っています。その抵抗力を大きく分けると、また2つありますが、ひとつは傷ついてしまった遺伝子を治してあげる力があります。これを「がん抑制遺伝子」という遺伝子を持っています。それから、もうひとつは異常な細胞を排除する、「免疫」という働きがあります。ブレーキのような役割です。
ただ、この抵抗力の強さは人によって違います。修復してくれる力というのは、ある程度、遺伝的に決まっています。ですから、タバコを吸っていてもがんになりにくいという幸運な方もいらっしゃるわけですね。
自分はどうかなと思ったら、まず自分の父親、母親、祖父母、そして兄弟も見て誰もがんの人がいなければ、もしかしたらラッキーなことに「がんに強い」「がんに抵抗力がある」かもしれません。
―そして最近ですと、加熱式のタバコを吸っている方もよく見かけますが、体への影響は普通のタバコと違うのでしょうか?
加熱式のタバコにも発がん物質が含まれていますが、通常のタバコと違って燃やさないので、有害物質のいくつかは減っているという報告があります。
―そう聞くと、普通のタバコと違って加熱式は大丈夫なのでは?というイメージがあるのですが…
がんのように遺伝子を変えてしまう物質、遺伝子に傷をつけてしまうような物質というのは、これよりも少なかったら安全という「閾値(いきち)」というものがないのです。ですから、量が減ったからといって危険度が下がるというわけではないのです。しかも、販売している方は病気にならないと言っていますが、がんというものは何十年かかってできてきますので、本当に発がんを抑制する効果があるかどうかは今後10年以上経たないとわからないということになります。
あともうひとつは、加熱式タバコは今までのタバコと作り方が違いますので、新たに使われている添加物とか溶剤があり、これまで知られていなかった新たな発がん物質が出てくる可能性もあります。
例えば、グリセリンというものが溶液として使われています。これは食品添加物として使われていることがありますが、人類史上、こんなにグリセリンを吸入したことはないので、どういう影響が出るのかわかりません。
今までの使い方とは違うので、本当にその使い方が安全かということは、これからしかわからないということです。
加熱式タバコに関して、例えばアイコスは日本が世界のシェアの9割以上を占めています。アメリカの会社が作っているのですが、アメリカで販売許可が下りたのは実は去年なのです。それまでは、アメリカでは販売許可が出ていなかったので、日本などで販売して、日本のデータを取ってアメリカに申請をしたということなのです。ですので、日本が大きな「実験市場」になっているのでは、と思ってしまいます。
―新型コロナウイルスについて、タバコを吸っていると重症化しやすいのでしょうか?
まだ十分なデータがないのですが、喫煙をしていると重症化しやすいと指摘されています。吸っていない人と比べて2倍という報告もあれば、14倍という報告まで出ています。ただ、これからデータが蓄積されていくので、いろいろなことがわかってくるのにはもう少し時間がかかると思いますが、喫煙そのものが肺自体を破壊してしまう力を持っていますので、すでに肺気腫などで肺が壊れている人にとってはちょっとした肺炎でも容易に重症化をきたすと考えられ、危険があると思います。
―タバコによる悪影響は吸う本人だけではなく周りの方たちにも及んでしまうという、いわゆる「副流煙」について詳しく教えていただけますか?
通常のタバコの場合、副流煙の方が、主流煙といって本人が吸う煙よりも高濃度の有害物質が多いと言われています。これは温度の違いにもよるもので、そちらの方の煙を吸ってしまうことを「受動喫煙」と言いますが、受動喫煙自体でも、がんや心臓病、呼吸機能障害などが引き起こされると言われています。
子どもに関しては、ぜん息などのリスクにもなりますし、心身の子どもの発達への影響も指摘されています。
―加熱式タバコですと受動喫煙による影響は変わってくるのでしょうか?
加熱式タバコは副流煙が出ないと言われていて安全だと思っている方も多いのですが、加熱式タバコも「呼出煙」といって、タバコを吸っている人が息を吐くときに吸った煙の1/3がそのまま吐き出されます。
この呼出煙には有害物質がたくさん含まれていますので、この煙を吸うことによる受動喫煙ということがあります。
―結局、周りの方にも影響してしまうということですね
タバコを吸っている方も吸っていない方もよく知らなくて、受動喫煙がないというふうに誤解している方が多いので、大変な問題かなと思っています。
―正しい理解をしなくてはならないですね。でも、タバコは悪影響ばかりなのにどうしてタバコ吸っている方はやめることがなかなかできないのでしょうか?
タバコを吸っていない方は、やめられないのを見て「意志が弱いな」と思うかもしれませんが、実は「やめられない」ということのベースには、2つの依存があります。
有名なのは、多分皆さんもご存知の「ニコチン依存」。こちらは「身体的依存」と言われているものなのですが、
それだけではなくて、長年吸い続けていると習慣や癖になってきたり、やめられないと思い込んだりする「心理的依存」というものもあります。
この依存も結構強いので、2つの依存があるためになかなか抜け出すのが大変と言われています。
ですから、いくら害があると頭でわかっていても、依存というのは抜け出すのが難しいのです。
―最近は「禁煙外来」という言葉を耳にすることも多くなりました。そもそも、禁煙外来で本当に禁煙できるのでしょうか?
禁煙外来は禁煙がすぐできるようになる魔法のようなものではないのですが、「身体的」「心理的」という2つの依存、ダブルパンチの喫煙というのは、なかなか意志の力という自力だけでは難しいと思います。
多くの方がだいたい1週間くらいで挫折してしまい、中でも一番多いのは3日以内といわれています。
ですので、ひとりで立ち向かうよりも「禁煙の応援団」として禁煙外来を使っていただくと、禁煙の補助剤という薬がありますので、一緒に使っていただくとずっと楽にやめられると思います。
―禁煙補助剤はどういうものなのでしょうか?
今、国内では3種類使われているのですが、ひとつは「ガム」。皆さんもよくご存知だと思うのですが「ニコチンガム」というもので、もうひとつが「貼り薬」というものです。
これは「ニコチンパッチ」と呼ばれているもので、この2つはニコチンを含んだ薬になります。
さらにもうひとつ、飲む薬(内服薬)があります。ニコチンパッチか内服薬、どちらかを選ぶ形となります。
―ニコチンパッチはどこに貼るのですか?
体のどこでも構いません。ただかぶれることが多いので、必ず毎日貼る場所を変えていただければと思います。
一番大きいサイズで、半径3センチくらいの円形になります。
―飲み薬も錠剤のような感じですか?
そうですね。飲み薬の方が簡単なので、飲み薬が出てきてから禁煙外来が広まりました。
ただ、脳の中でニコチンがくっつく場所「ニコチンレセプター」があるのですが、
そのニコチンレセプターにくっつくと、ちょっとほっと安心したり、眠気が飛んだりとか、そのような作用をするのです。なので、タバコを吸っている方はタバコが欲しくなるのですが、この内服薬(「チャンピックス」という薬)はニコチンレセプターにふたをしてしまうので、ニコチンがくっつく場所がなくなって、タバコがおいしくなくなるといわれています。
タバコ吸った効果が出ないので、本人が不思議に思ってしまう面白い薬なのですが、一方でニコチン切れのストレス、離脱症状と言われているものですが、これが強く出てしまう恐れがありました。
この薬の面白いところは、ニコチンのような働きをしてくれるので、タバコをやめた時の辛さがだいぶ抑えられるということなのです。
―実際に禁煙外来に通うことになった場合に、どのような流れで診療が進んでいくのでしょうか?
基本的には3か月間で5回受診していただくことになります。
まず初診は、最初に喫煙の状況を聞いたり、ニコチン依存症かどうかのスクリーニングテストをしたり、吐いた息の中に一酸化炭素がどれだけ含まれているかというような検査をします。それに基づいて、禁煙のアドバイスをしたり、補助剤についての説明や補助剤を選んでもらったりします。
そして、初診から1週間目、4週間目、8週間目、12週間目とさらに4回来てもらう形になります。再診のときには、禁煙が続いているかを確認し、もし続いていない場合は再禁煙する際のアドバイス、さらに毎回ではないのですが、呼気中の一酸化炭素濃度を測定します。
禁煙補助剤は結構よく効きます。私も最初にニコチンパッチを処方した時は本当に効くのかなと半信半疑でした。その当時は意志の力が大事なのではないか、こんな貼り薬が聞くのかなと思っていましたが、処方した方が再診で来るたびに「楽でした」と話していましたので、本当に効果があると実感しました。
かつて、ある企業で禁煙教室を開いて、意志の力だけで禁煙をチャレンジしてもらったのですが、だいたい1か月禁煙できた方は2割くらいでした。医師も、保健師もサポートについて成功率2割です。
このニコチンパッチを処方し始めたら、1か月禁煙した方が7割から9割に!
ニコチンパッチを貼っていただいたり内服薬を飲んでもらったりすると1か月くらい割と簡単にやめられるので、禁煙外来に来なくなってしまう方も中にはいらっしゃいます。
ただ、なぜ3か月で5回の通院をお願いしているかと言いますと、喫煙が癖や習慣となっている「心理的依存」はなかなか断ち切るのが難しく、タバコがない生活に慣れるのには結構な時間がかかります。
禁煙の継続が難しいということもありますので、きちんと3か月間通院した方の方が、1年後に禁煙が継続しているという割合がすごく高いということもわかっています。ですから、自分は大丈夫だと思っても、きちんと3か月間通院してほしいと思います。
―3か月で5回のコースに通いましょうということですね。 実際に関教授が担当している中で成功したケースも多いと思いますが。
タバコから卒業した方は本当に喜んでいる方が多くて、今まで何とか自分でやったけど失敗していた人がニコチンパッチを使って上手くいったという報告もありましたし、自信がついた、ストレスが減った、解放されたと喜んでいる方が多いです。運動している方ですと記録が伸びたなんて方も結構いらっしゃいます。家族が喜んだという方も多いし、本当に生き生きとした嬉しい報告をたくさんもらい、とても嬉しいです。
なかなかうまくいかないというのが心配になる方もいらっしゃいますが、禁煙は1回でうまくいく方はそんなに多くないと思ってもらった方がいいと思います。何度失敗してもOKです。
―失敗をした方も禁煙外来にチャレンジというのもいいのかもしれませんね。
また、禁煙するためにタバコを吸わないよう自分自身を追い込んでしまう方もいますよね?
気持ちを追い込まなくても、ちょっと禁煙にチャレンジしてみようかなという気持ちでいいと思っています。
仮に1日しかやめられなかったとしても、1日休めたらその分、体から有害物質がなくなるということですので、それでもいいじゃないですかと私は思っています。
―健康や病気のことをもそうですが、前向きに人生を楽しくしたい。そうなるためにも、ぜひ禁煙にチャレンジしていただきたいということですね。
それでは、おしまいにリスナーの皆さんにメッセージをお願いします。
タバコにはいろいろな有害物質が含まれていると言われていますし、実際にいろいろな病気にもつながってしまいます。
タバコを吸わない人は吸っている人に対して「なんでやめられないのかしら」とか「意志が弱いんだ」と思ってしまいがちですが、実はタバコがやめられないのは意思の力が弱いからではなくて、その奥に依存症というものが潜んでいるからなのです。
現在は楽に禁煙できる方法などもありますから、大切な人には禁煙チャレンジを進めていただきたいなと思っています。
また今タバコを吸っている人は、タバコを吸う理由を探してしまいますが、タバコから卒業できると本当にいいことがたくさんありますので、ぜひチャレンジしてもらいたいと思っています。
私たち禁煙外来を行っている医師たちも皆さんを応援したいなと思っていますので、「禁煙チャレンジ」待っています!